鬼月と盂蘭盆会
私は、日本に来てから、初めて「お中元」や「お盆」の習慣を知りました。でも最初は、これはあくまでも日本の習慣だと思ったけど、実は、これはインドの仏教で行われる大事な儀式の一つで、中国でも古くから伝わって来た一般的な習慣の一つです。ただ、都会では、そういう習慣や儀式は殆ど見られないですが、農村にいけば、この儀式を盛んに行っている地域もまだ残っているそうです。
農暦の7月1日は霊界の門が開く日とされ、この日より霊界の門が閉じる30日までの7月いっぱいを「鬼月」と呼びます。この期間には死者の霊が日の当たる場所に出て、人間の世界で食べ物を探し回ります。そのため、中国人は鬼月である7月に法事を行って霊を供養し、霊が無病息災の手助けをしてくれるように祈ります。
その1ヶ月の真中の7月15日は、「盂蘭盆会(うらんぼんえ)」或いは、「中元節」ともいいます。「盂蘭盆会」は、もともとインドの仏教儀式のことであり、梵語の発音の当て字です。これは、仏教徒が先祖を供養するために行いました。お経の「盂蘭盆経」には、仏の弟子は孝行をして修行に励まなければならないという意味のことが書いてあります。
史料によると、「盂蘭盆会」は梁代から始まりました。夜になると、家の入り口で香を焚き、地面に線香を立てます。数は多ければ多いほど、五穀豊穣を意味して縁起がいいと言われ、これを「布田」といいます。地方によっては、水灯を流す行事があります。水灯とは、小さな木の板に灯篭を置いたもので、色紙を使い蓮の花の形に作ることが多いです。水灯は無実の罪で死んだ人の霊を案内すると言われています。中元の晩は店を開けない。通りを霊に開放するためだといいます。道の中央には百歩ごとに長い台を置き、新鮮な果物や「鬼包子」という饅頭を供えます。その後ろでは道士が霊を慰める歌を歌います。
中元節

上元節は元宵節のことで、色とりどりの飾り提灯でお祝いします。「中元」は上元から来た言葉で、霊の節句である中元節も、提灯を飾って祝います。しかし、人間と霊は違うので、上元節の提灯とは違うものを用意します。上元の提灯は地上に飾り、中元の提灯は水に流します。
「中元」はもともと霊を祭るために、お饅頭などの食べ物をお供えしますが、現代の日本でお世話になった方にお贈り物を差し上げる習慣は、いつ、どういう根拠でそうなったのでしょうね〜


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【2005/07/29 16:31】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(20)
中国古代的情人節(中国古代のバレンタインデー)七夕
昔々、中国の南陽城の西、牛家荘という所に聡明で温厚な青年がいました。早くも両親をなくし、兄一家と暮らしていました。兄嫁は、残忍な人でいつも青年を虐めていました。ある日、兄嫁は9頭の牛を彼に渡し、牛飼いに行かせました。しかし、「9頭の牛が、10頭にならないと戻って来てはだめよ。」という無理な要求を言い渡したのです。青年は、仕方が無く9頭の牛を連れて村を後にしました。
 青年は、山に入り、木の下に座って「いつ、どうしたら10頭の牛になるかな?」とため息をつきました。その時、ひげも髪も真っ白なご老人が現れました。その老人は、青年に「山奥に病で苦しんでいる牛が1頭いるので、あの牛の病気を治して、連れて帰るとよい。」とアドバイスをしました。そして、青年は、険しい道を乗り越えて、ようやく衰弱した牛を見つけました。青年は、三日間続けて牛に草をやり、牛はやっと生き返えりました。実は、あの年老いた牛は、天にいった灰牛将軍で、天則を犯した罰則として人間の世界に落とされました。落ちた時、足にけがを負い、その傷を治すには、草花に付いている朝露で洗うしかありません。青年は、毎日朝から露を集め、牛の足を洗い,夜は牛のそばで眠りに着きます。1ヶ月を経て、牛はやっと立ち上がって、歩けるようになりました。青年もうれしくて、うれしくて、10頭の牛を連れて、家に戻りました。
 しかし、兄嫁の虐待は、益々酷くなり、とうとう青年を家から追い出してしまいました。あの老牛だけを連れて行くことを許されました。青年は老牛を連れて、再び村を出ました。
 ある日、天にいる織姫と仙女達が人間の世界に遊びに来ました。川で水浴びをしている時に、牛を連れて来た青年と出会いました。お互いに一目惚れをし、愛情が芽生えました。織姫は、黙って天から降りてきて、青年の妻になりました。そして、天から持って来た蚕をみんなに分けて、養蚕、糸を繰り、織物をする技術を人間の人々に教えました。青年は、田を耕し、織姫は機織りをし、愛し合って、男の子と女の子を設けました。一家幸せな生活を送っていましたが、この事はすぐ天帝に知られてしまいました。王母は命令を下して、強引に織姫を天に連れて帰りました。青年と織姫は、離れ離れになってしまいました。
 年老いた牛は、青年に言いました。「私が死んだら、私の革を使って、靴を作って下さい。その靴を穿けば、必ず天に上れます。」青年は、牛の言う通りにしました。牛が死んだ後、牛の革で作った靴を穿いて、幼い子供二人を連れて、織姫を追いかけました。もうすぐ会える所で、残忍な王母は、銀のかんざしで、大きな河を描きました。青年と織姫は銀河を隔てて泣き崩れました。相思相愛な夫婦とかわいそうな幼い兄妹を見て、天にいた千万匹のカササギは感動し、銀河の上に鳥の橋を作りました。青年と織姫はやっと橋の上で再会できました。これを見て、王母も仕方がなく、二人は毎年の7月7日に、カササギの橋の上で会うことを許しました。
その後、毎年農暦の7月7日に、人々は夜空を仰ぎ、銀河の両側にいる彦星と織姫星を見つめ、お二人は橋の上で会えることを祈ります。七夕の日に、女の子は針にひもを通す練習をします。織姫のように器用な女の子になりたいと願います。男の子も一人前の男になるために彦星を祈ります。誰よりも、若い人々は理想な人と出会い、好きな人と結ばれるように、誠心誠意に祈り続けます。ですから、七夕の日は、中国各地でお見合いのイベントやパーティーが行われます。


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【2005/07/01 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(31)
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